藤娘酒造株式会社 代表取締役社長 矢部允一(よしかず)さん
“土佐の小京都”で受け継がれてきた酒造り
四万十川の河口付近、高知の西端に位置する旧中村市。公家出身の土佐一条氏の城下町でした。市街地が碁盤の目のように区画整理され、古い街並みや景観が京都に似ていることから、”土佐の小京都”とも呼ばれています。歴史の趣を感じる町で、藤娘酒造は、古くから酒造りを続けています。
「はっきりとは分かりませんが、江戸時代くらいからこの場所で酒造りを続けていたと言われています。戦時中の企業整備令によって他の酒蔵と合併しましたが、水質が良かったため、この製造場が残ったようです」と話すのは、藤娘酒造株式会社の代表取締役社長であり杜氏も務める、矢部允一さん。昔使っていた古い酒造りの道具、合併前の蔵名が入った陶器など、蔵内にはこれまで歩んできた歴史が刻まれていました。
火入れに使う熱交換急冷二重蛇管など。
早くから吟醸造りに取り組む
30年前に、都内から脱サラして蔵へ戻ったという矢部さんは、もともとは大型施設の火災防止設備の設計に携わるエンジニア。墨ろ過が当たり前だった頃から味をしっかり出すために無濾過に切り替えたり、米の表面が傷つくのを防ぐため極力洗い過ぎないようにしたりこれまでの酒造りの常識にとらわれない柔軟な発想で酒造りに取り組んできました。
「淡麗さのなかに、しっかりと膨らみのあるのがうちの酒の特徴」と矢部さん。昔から吟醸造りを得意としていて、過去の全国新酒鑑評会では通算9回金賞を受賞。食中酒としても、単独で飲んでも飲みごたえのある酒質です。
醪(もろみ)タンクからバナナやリンゴのようなフルーティな吟醸香が漂う。
酵母は、CEL-19などを使用。
娘と一緒に醸す酒
現在は、700石を生産し、蔵人5人で酒造りにあたります。お米は、高知県産「吟の夢」「土佐錦」、岡山発祥の「雄町」などを使用。四万十市富山地域の契約農家と提携した特別栽培米「吟の夢」からできる純米吟醸「とみやま」は、オーナー制で購入できる特別なお酒。地産地消を目指した取り組みにも注力しています。
東京でエンジニアとして働いていた娘さんも3年前に戻り、蔵の仕事を手伝っているそうです。「今は瓶詰めなどをやっていますが、来期からは酒造りをひと通り覚えてもらうつもり」と笑顔で話す矢部さん。次世代へ引き継がれることで、新たな「藤娘」が誕生する期待が高まりました。
親子で引き継がれる「藤娘」の味。
[おすすめの一本]「純米吟醸 四万十の風」
四万十流域で栽培される酒造好適米「吟の夢」を使用した爽やかな純米吟醸酒。ほのかな吟醸香にスッキリとした飲み口。淡麗でありながらしっかりとした味わいが広がり、キレも良い。冷やして飲みたい一本。
[蔵内・参考資料]
酒造場の外観。四万十川の伏流水が貯水されたタンク。
酒米を蒸す窯場。古い道具が並ぶ。
蒸した米を冷やすために使う竹の筵(むしろ)。
麹室(こうじむろ)では、ホットカーペットで温度を調整することも。
合併された蔵の陶器樽が残る。
[DATA]
藤娘酒造株式会社
住所:高知県四万十市中村新町4-5
昭和18年、戦時中の政策によって旧中村市を含む幡多郡エリアの酒蔵11社がひとつに統合し、藤娘酒造が誕生。清流四万十川の伏流水を100%無濾過で使用し、水質の良さをいかした手造りの酒を目指す。「四万十の風」「藤娘」などが主要商品。